恋をすると、相手の男には自分のいい面ばかり見せて、アピールしたくなる。
私の場合、それが、肌だった。
なぜなら彼が、私の肌を誉めてくれたからだ。
友達の紹介で知り合ったトシオと、何かの拍子に二の腕と彼の手のひらがぶつかったことがあった。一緒にテニスをした後、ミネラルウォーターを手渡してくれようとした時だったかもしれない。
「すごい」
彼が唸るように言って、眩しそうに私を見つめた。あの顔を、今でもおぼえている。
「つるつるだね」
そんな風に私の肌を誉めてくれた人を、私は知らなかった。
「そんな。みんなこんなものでしょう?」
「いや」
確信ある顔つきで、トシオは首を横に振った。過去に触れた、他の女達のことを思い出していたのかもしれない。彼は思っていることを、はっきり口に出す男だった。
「かなり、つるつるしてると思うよ」
そう断言した後で、物欲しげに私を見た。 君は、全身、こんなふうに、すべすべしているんでしょう? とでもいいたげな顔で。 あの瞬間、私は、恋に落ちた。
前からトシオのことはいいなと思っていたが、その彼に求められている、その直感が、私に火を点けた。
でも、トシオに喜ばれるほど、私の全身は、美しいわけではない。腕や脚のムダ毛は少なくはないし、ワキと合わせて定期的に脱毛や脱色を繰り返さなくてはならなかった。脱毛した後は、どうしても表面 がちくちくしたりもする。トシオが嘆息して「すべすべだ」と呟くほどのものではない。
だから、私は永久脱毛を、決意したのだった。といってもお金がないから、最初はワキ。それから腕、脚、と、進めていくつもりだった。袖の下からちらりと覗く部分が、彼を萎えさせてしまうような状態だったら、恥ずかしいからだ。
だけど……。永久脱毛が、こんなに時間がかかるものだなんて、私は知らなかった。一回では、終わらないのだ。
施術自体は、三十分足らずで終わる。
毛根を焼き切るというライトをワキ全体にさささッ、と照射するだけなのだから。ちょっとした熱を感じる程度の、あっけないものだ。
昔は一本一本、針で処理していたので、痛いし、気が遠くなるくらいの時間がかかったという。昔「一時間やっても十分の一も終わらないの」と友達がよく泣き言を漏らしていたのだから、技術というのは日々進歩しているんだろうな、とは思うけれども。
でも、私の想像より、ずっと現実は厳しかった。
少しの痛さと熱さが消え去った後には、ムダ毛ひとつない、ワキの下が、現れる、と、思っていたのに。
「ほら、いかがですかぁ?」
エステティシャンがにっこり笑って声をかけてきた。彼女は坪井という名札を胸に付け、桜色に頬を染めながら、私に満面 の笑みを作ってくる。でもその笑顔が、心の底からではないということを、私は見抜いていた。彼女の細い目は、決して笑ってなどいない。ただ、客のご機嫌を取るための、愛想笑いでしか、ない。
だって、私のワキの下は、ちっとも綺麗ではなかったからだ。
鳥肌のようにつぷつぷと丸く毛穴が盛り上がってしまっている。いかにも脱毛処理をしたばかりです、というような痛々しい感じだ。それに皮膚の奥の方に少し黒ずんでしまっている部分があって、みっともない。
「なんだかちょっと……考えていたのと、違うんですけど……」
そう伝えると、彼女は困ったような顔をしつつも、笑顔を消さないまま、
「まだ一回目ですから……。それにこれからワキ用ローションを塗って、皮膚の汚れや角質を取っていきますので、繰り返していけば、綺麗になっていきますよ」
と答えた。
私は、沈黙した。
数万円で両ワキを永久脱毛できるという安い店にしてしまったのがいけなかったのだろうか? やはり、安いところでは大してキレイにはなれない、のだろうか?
脱毛は、今日だけで終わりというわけではない。最初のカウンセリングの時に一応説明は受けていたけれど、何度か定期的に通 って、根気強くムダ毛を処理し続けていく必要がある。
永久脱毛と言っても、いきなりすべてのムダ毛が消えてなくなるわけではない。しばらくすると、生き残っていた毛根がまた、肌の表面 に顔を出してくる。そのたびに、照射を繰り返す。二週間から一ヶ月おきに、数回は最低でも通 わなくてはならないという話だった。大抵の人は五回も行けばほとんどウブ毛程度しか生えなくなるという。その後、万が一発毛しても、二年間は無料で脱毛処理を施してくれるとのことだった。
つるつるになりますよ、という話だったのに。納得がいかない思いで、私はエステティシャンの胸の名札を、ぼんやりと見つめた。「TSUBOI」と書いてある。ツボイさんだ。
せっかくお金をかけて、脱毛をするのだ。 こんなチキン肌では、イヤだ。
持ち前の完璧主義が、また顔を出し始めていた。
私の不満を悟ったのだろう。
「私も、最初はお客様のように毛穴が目立っていたんですよ〜」
ツボイさんは慰めるかのようにそう言って、つるつるのワキになるコツを、教えてくれた。「お顔とおんなじですよぉ。元気がない時やハリを持たせたい時には、美容クリームや、パックが効くんです」
顔用のパックを、ワキサイズにカットして、毎日毎日、根気よくケアを続けたら、毛穴はほとんど目立たなくなったのだという。
「やっぱり……家でも努力しなくちゃダメなんですね」
私はため息をついた。
友達がエステの痩身コースに通っていた時のことを、思い出す。エステでは、サウナに、発汗装置に、と、徹底的に身体を絞ってくれる。けれども、それでは一時的なことなので、家でも頑張ってください、と腹筋メニューや食事指導を出されたのだという。ラクに痩せたいからエステにお金払って行ってるのに、と彼女はすごく怒っていた。怒りつつも努力していたから、目標体重には到達できたけれど。
エステにだけ頼っていては、自分の肌なんだし、どうにもならない。毎日エステに通 えるようなマダムでもないのだから、セルフコントロールをするしかないのだ。
「お客様は、今までご自分でどういう処理を、されていました?」
ツボイさんが、ふと、心配げに尋ねてきた。剃っている人なら毛根があまり痛んでいないので、普通 の肌になるのが容易なのだが、毛抜きを使っていた人は、何度も毛根が引き抜かれているがために、かなり毛穴も目立ってしまうのだという。
「私、この数年は、ずっと毛抜きでした……」
唇を噛む。
彼女も、少しの間、口ごもった。
「でも、大丈夫。少し時間はかかるかもしれませんけれど、毎日努力していれば、かなり綺麗になると思いますよ、ほら」
時々お客様にお見せしちゃうんです。
彼女はそう呟きながら、薄ピンク色の制服の袖をめくり、ワキの下を晒してくれた。
「すごい……」
私はため息をついた。
頬と変わらぬほどの繊細なきめ細かい白さが、その窪みにあった。触れたらきっとつるつると、たまらない滑らかさがあるのだろう。毛穴など全く見えず、青白いほどの美しい輝きだけが、そこにあった。女というのは、ここまで美しい部分を持っていたのか、と息を飲むほどの艶めかしさだった。
「一朝一夕じゃ無理ですけど。毎日頑張ればお客様だって、きっと……」
彼女の言葉に、思わずはい、と頷いていた。 負けず嫌いの私は、その日から努力を始めた。ワキパックも、ワキにクリームを擦り込むことも、毎日欠かさずにやっている。エステティシャンは嬉しそうに、パック四千八百円とクリーム三千円のレシートを渡してくれた。結局は彼女の勧誘にハマっただけなのかもしれない。でも、何もしないより、何かやったほうが、お肌のためには、絶対いいはずなのだから。
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