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1
もう、この仕事、や
める。
このセリフ、何度聞
いたことだろう?
仕事が終わった彼と
待ち合わせると、いつ
も、お昼近い。平日の
お昼は、あたしは働い
ているから、会うのは
いつも、土曜日か日曜
日。
店には来なくていい
よと言われているけれ
ど、結局毎回行かされ
る。同伴ノルマが毎週
あるから。
彼は、ホスト。
入店して半年目。
あたしはOLなので
あんまり詳しくはない
けれど、そろそろ売れ
てきて羽振りも良くな
ってきてもいいはずの
時期らしい。
けれど、剣也は、い
つ会っても貧しそう。
朝から何も食べてない
とか、靴がすり切れて
雨水が浸みてきて冷た
いとか、なんだかしみ
ったれたことばかり、
言っている。
あたしはそのたびに、
ほっとけなくて、彼に
ご飯を食べさせてあげ
たり、靴を買ってあげ
たりしている。グッチ
の靴は、五万円もした。
だけど、ありがとう
なんて言ってもらった
ことはない。
あたしも、剣也の客
だった。
会社の送迎会の帰り
に歌舞伎町を歩いてい
たら、剣也に「ホスト
行かない?」とキャッ
チされたのだ。今まで
もホストには何度もキ
ャッチされたことはあ
るけれど、今までは振
り返りもしないで、完
全に無視していた。目
の前に立ち塞がれても、
下を向いて顔は絶対見
なかった。だのに、剣
也だけは、顔を見てし
まった。
「俺、今日指名取れな
かったら、クビになっ
ちゃうんですよ」
そんな泣き言を、囁
いてきたからだと思う。
リストラ直前のホスト
って、どんな顔をして
るんだろ?
ただの好奇心で顔を
見上げた。
そして、この顔で売
れてないの? と驚い
た。アイドルみたいに
可愛い顔がそこにいた。
以来、あたしは剣也
にハマっている。
後で知ったのだけど、
その日指名を取れなけ
ればクビだなんていう
のは、全部、嘘だった。
その話になると剣也は
いつも言い訳する。
「だってそうでも言わ
ないと、阿美ちゃん、
こっち見てくれなさそ
うだったんだもん……」
かなりルックスがい
い剣也は、指名がゼロ
というわけではない。
けれどもものすごく売
れているというわけで
もなかった。
彼は、すごく口べた
で、不器用なのだ。
お世辞は苦手だし、
お礼もろくに言えない。
ありがとうなんて言葉、
聞いたこともない。そ
んな男が、ヨイショば
かりのこの世界で、図
太く生き抜けるわけも
ない。話もうまくない
から、
「顔はいいんだけどね
……」
で終わってしまう。
お客さんをキャッチで
掴まえることができて
も、リピーターになっ
てくれることが少ない、
と剣也はいつも悩んで
いる。
「俺、無口だし」
「歌もうまくないし」
と言い訳ばかりして、
ため息をついている。
「先輩からは、もっと
ワルくなれって言われ
てるんだけど。どうし
てもなれない。女の人
をだましてるみたいで」
案外と、マジメなの
かもしれない。
「……暑いね」
店が朝方閉店になる
と、あたしは靖国通り
沿いのマンガ喫茶に行
って、彼が仕事が終わ
るのを、ネットゲーム
をしながら、ぼうっと
待っている。
眠くなったら、マッ
サージチェアで仮眠を
とる。レディースコー
ナーがあって男は入れ
ないので、わりと安心
して寝れるのだ。
剣也が携帯を鳴らし
てくれると、すぐに目
が冴える。彼がくたび
れたスーツ姿でマンガ
喫茶の入り口で待って
いる。あたしは彼に抱
きつく。徹夜していて
だるい身体を、剣也が
優しく抱き止めてくれ
る。
二人で手をつないで
外に出ると、お日様が
眩しくて、泣きたくな
った。あたしはOLな
のに。どうして最近、
お休みの日は毎週、こ
んな不健康な男と不健
全なデートを繰り返し
ているのだろう。
「コンビニ寄ってく?
」
剣也が聞いてくる。
うん、と頷く。いつ
も剣也といるときは、
午後の紅茶が無性に飲
みたくなる。バラ色の
人になろうというCM、
あれ、大好きだった。
心がバラ色だから、剣
也といるときは、いつ
も午後の紅茶を選んで
しまう。そして剣也は
いつも「飲んだことが
ないもの」を選ぶ。珍
しそうなお茶のペット
ボトルを今日は選んだ。
朝御飯食べたい、とお
にぎりも二つカゴに入
れる。タバコも切れそ
う、とパーラメントを
入れる。そしてあたし
はレジに行く。全部で
六百三十円。あたしが
払う。
靖国通りを花園神社
の手前で曲がると、ラ
ブホテル街が現れる。
「いつものところでい
い?」
と剣也が聞く。ラブ
ホテル街の一番隅にあ
る、できたばかりの42
インチの大型壁掛けテ
レビ付きの部屋だ。
あたしは一番安い部
屋を選ぶ。午後六時ま
でサービスタイムで、
五千五百円均一。フロ
ントでお金を払って、
カギを受け取るのも、
全部、あたし。あたし
だけが、お金を払って
いる。剣也は、いつも
先にエレベーターの前
に行って、待っている。
まるで、あたしがお金
を払うのが当たり前の
ことのようにぼうっと
立っている。
彼と会ってもう半年。
こんなことを、あた
しはいつまで続ければ
いいのだろう?
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