内藤みか 56冊目の著書、
2005年9月6日太田出版より発売!

書き下ろし「白い雨」を含む、全編母乳だらけの短編集!!     


     「母性本能」     



◆ 著者:内藤みか   ◆ 出版社:太田出版   ◆ ISBN : 4778301064 ◆ 価格 : 924 円(税込) ★ 楽天ブックスから注文する >>>  ★ アマゾンから注文する >>>   
 
 




     
<< 目次 >>





「甘いおっぱい」

「白い蜜の誘惑」

「ママは乳房を含ませて」

「母乳コンパニオン」

「母乳とろり」

「母乳ぴゅぴゅ」

「売乳聖母」

「白い雨」★書き下ろし     




<<本のサワリをチラリとご紹介します☆>>


〜 白い雨 〜 内藤みか



<1>


 新宿の街を二人並んで歩いた。  彼は、落ち着きなく、私の後を、ついてくる。  まるで上京したばかりの田舎の男の子のようで、あちこちきょろ きょろしているその姿に苦笑した。  辺りの光景を無視することなど、彼にはできないようだった。他 のホスト達は、たとえ通りでケンカが起きていても、救急車が止ま っていても、酔っぱらいが何か叫んでいても、全く動じず、視線す ら投げず、この歌舞伎町を過ぎていくというのに。  この男の子は新人で、まだ入店三日目で、だから、何もかも慣れ ていなかった。 「すごい、朝からやってるラーメン屋さんなんてあるんですね」 「あ、あっちなんて、二十四時間営業の居酒屋がある」  ホストは営業が終わり、店を出てくると、もう、朝になっている。 出勤してきたばかりらしいスーツ姿の男もちらほら通りを歩いてい る。  仕事を終えて、飲み疲れて駅に向かう黒スーツのホストと、これ から今日一日働くサラリーマンとが、靖国通りの交差点ですれ違う。 そんな時間に私は峻太郎という新人ホストと歩いていた。  彼とアフターの約束をしたのは、ほとんどその場の勢いみたいな ものだったと思う。  その日私は久しぶりの自由時間で、羽目を外したかったし、彼は やっとホストのイロハが分かってきて、指名客を欲しがっていた。  お互いのニーズが一致したからこそ、こんな簡単に私は若い男の 子と手をつないで歩くことができている。私から彼の手を握った。 大きな手だった。峻太郎はいやがらなかった。客だから、とあきら めて、されるがままになっているのだろうか。何かが抜け落ちている かのような、そんな荒々しさがあった。  がっしりした体格、ずっとラグビーをしていたというハキハキと した言葉使い。黒髪をワックスで逆立てていて、彼は、どこにでも いるような、性格の良さそうな青年だった。だけど、好青年だ<か らといって、ホストという世界でやっていけるわけではない。何か、 そう、彼は何か、大事なものが欠けている。私はそう感じた。大勢 いる同じような背格好のホスト達の中で、彼だけに異質なものを感 じていたのである。  私はシングルマザーだった。  女手ひとりで、二歳の娘を育てている。今週は実家の母親が手伝 いに来てくれているので、娘を親に預けて、友達と遊んでくる、朝 帰りするかも、と私は外に出た。母親は子持ちのくせに、と呆れて いたけれど、黙って出させてくれた。私が毎日、休みなく娘の面倒 をみていることを母親は知っている。だからたまには遊んでらっし ゃい、という温かな気持ちだったのかもしれない。  私が出かけたのがホストクラブだったなんて、母親は、知らない。 知っていたら、行かせなかったかもしれない。  私だってホストに足を踏み入れるのは、久しぶりだった。どうし ても誰か、男の人と話をしたかった。ただ、それだけだった。  夫とは、夫の浮気が原因で別れた。編集者で、徹夜の多い仕事だ った。てっきり仕事で帰りが遅いのだと思っていたら、会社の同僚 の女性と不倫していて、彼女に子どもができたから別れたい、と切 り出された時には、呆れて声も出なかった。 「私にも子どもがいるのよ? うちの子のことは、どうなるの!?」  そう喚きたかったけれど、すべての言葉を飲み込んだ。だってそ れだけが別離の理由ではないということがわかるから……。  ただはっきりしているのは、彼が私と離婚したいという事実だけ だ。だから私は黙って判を押した。もちろん娘の養育費付きで。離 婚したいという夫と一緒に暮らし続ける屈辱よりも、貧しくとも静 かに母娘二人で生き抜く道を選んだのだった。  幸いにも友人がIT系の企業に勤めており、データ入力の内職を 私に紹介してくれた。出版社に勤めているいとこも、テープ起こし の仕事を私に回してくれた。だから二歳の幼子を抱えながら、自宅 のパソコンに向かって、なんとか二人が食べていけるほどの仕事を 続けていけた。  毎日都心まで通勤しなくてはならないような事務仕事だったら、 とても続けていけなかったかもしれない。娘は風邪をひきやすく、 しょっちゅう熱を出しては保育園を休むので、そのたびに仕事を休 まなくてはならない。職場でも白い目で見られ、居づらくなったこ とだろう。  在宅ワークはひとりで部屋でパソコンのキーボードを叩いている だけだったので、とても自由だった。けれど、とてもさみしい仕事 だった。話し相手はいなかった。仕事について質問事項が出てきて も、メールでやりとりするので、取引先と電話で話すことすらない。  話し相手は、まだ会話もおぼつかない二歳の娘だけだった。  人間の大人と話をしたい……。  ずっとそういう欲求を抱えて生きてきた。  離婚して、半年が経った。  娘は保育園に慣れてきて、友達と夢中で遊んでいる。私が夕刻に 迎えに行くと、いやだいやだとなかなか帰りたがらないほどだった。  別れた夫からは定期的に養育費が振り込まれる以外は没交渉だった。  私は、さみしかった。  友人知人は気づかってくれたけれど、飲みに行こうと誘ってもく れたけれど、小さな娘がいるので、夜遊びもできない。引っ越した 小さなマンションには娘のおもちゃがたくさんちらばっているし、 人を呼べるほどの広さもない。  どんどん没交渉になり、娘と閉じこもりがちだった最近の私の話 を、夜遅くに延々と聞いてくれる場所……。  そんな場所、ホストクラブしか思いつかなかったのだ。  女子大生時代、バイトでホステスをしていたことがある。そのと きに何度かホストクラブに連れていってもらった。もう五年ほど昔 のことだけれど、でもきっと大して変わってはいないだろう。  静かに飲んだりおしゃべりしていたい時には、ホスト達はそれに 付き合ってくれた。  ずいぶん久しぶりに夜の歌舞伎町にやってきた私は、ただ、グチ を聞いてもらいたいためだけに、ホストクラブのドアを開けたのだ った。


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