「私が作家になる日まで」amazonでの御購入は、こちらです
 
 
 

第1話公開中!

 

「私が作家になる日まで」

 

<1・将来の夢>

 小学六年生の奈乃は、原稿用紙を前に、考え込んでいた。卒業文集のテーマ『将来なりたい職業』を何と書いたらいいのか、迷っていたのである。
 

 自分は、何になればいいのだろう。
 自分は、何になれるのだろう。
 そして自分は何になりたいのだろう。

 考えれば考えるほど、自分の未来は薄ぼんやりとしていて、つかみきれなかった。

 まわりの子ども達は、あまり深く考え込まずに、スラスラと、どでかい夢を書いている。
 男の子なら野球選手や宇宙飛行士。
 女の子ならアイドルやケーキ屋さん。お嫁さん、と記している子もいる。
 それぞれの夢を、まるで七夕の短冊でも書くかのように、サラサラと刻んでいる。

(みんな、いいなあ。子どもらしい夢があって……)

 同じ小学六年生だというのに、奈乃はみんなと同じように振る舞えない自分に、ずいぶん前から気がついていた。
 大人びているといえばそうだし、子どもらしくないといえばそうだ。そういったことを、親からも先生からも、よく言われていた。
 のびのびと、あっけらかんと、わいわいと遊ぶ。そういうことができない小学生だった。

 奈乃には、特にこれといって夢はなかった。
 自分がどんなに努力してもアイドルになれないことも、ケーキ屋に向いていないことも、わかっている。というか、アイドルにもケーキ屋にもなりたいとは思えなかった。

 教室の窓からは、雪をたっぷりとかぶった富士山が見えた。富士山だけがごちそうだ、と誰かがこの街のことを言ったことがあるが、今日の山は、朝の光を浴びてキラキラと輝き、美しい。

「藤崎、よそ見してないで書け」

 先生に叱られ、奈乃は首をすくめ、原稿用紙に向き直った。
 まだ、一行も書いていなかった。
 なりたい仕事が決まらないのだから、書けるわけがなかった。
「いつもはスラスラ書いているのに、今日はどうした」
 先生が机を覗き込んでそう聞いてくる。
「すみません」
 そう答えながら、そういえばそうだよなあ、と思った。

 奈乃は作文が得意だった。
 先生が「この時間は自習で作文を書いていてください」などと言うと、みんなはブーイングをするが、奈乃は嬉しかった。
 クラスで一番最初に一枚目を書き終え、二枚目を受け取りに、教壇に山と積まれた作文用紙の前に進んで行く時の、誇らしい気持ち。運動ではいつもビリだし、演劇でも恥ずかしがってその他大勢しかしてこなかった奈乃にとって、この瞬間だけは、クラス中に自分が注目してもらえるのだ。

「すげえ、もう書いたのかよ」
 たった三行しか書いていない暴れん坊の男の子の、上手に消していなくて黒々と汚れている原稿用紙を横目で見ながら、真っ白な原稿用紙を手に、席に戻っていく。

 静かな教室の中で自分だけにスポットライトが当たっているかのようで、気持ちがよかった。演劇している時とは違い、ただ紙を取りに行くだけなので、恥ずかしくもなかった。むしろ晴れがましくて、何度でも教壇に行きたくて、多い時では五枚も作文を書いてしまったこともある。

 ……そう言えば、読書感想文コンクールでも、毎年校内入選をしている。毎日日記も書いている。
 自分は書くことが好きなのだ。
 そのことに改めて気づいて、奈乃はドキドキした。

 原稿を書いて、それがお仕事になったら、どんなに楽しいだろう!
 毎日文章を書いて、それがオカネになるのだ。ほんとうに、そうなれたら、どんなに、いいだろう。

 でも、そんなスゴイ仕事、普通の人にはなれそうもない。「夢は作家」なんて書いたら、みんなに笑われてしまうんじゃないだろうか。

「あと十分だぞ」

 先生がそう言い、クラス中がいっそうシーンと静まった。今書いている作文が印刷されて文集に収録されるのだから、かなり真剣なのである。

(でもどうしよう、恥ずかしくて、作家だなんて書けない!)
 卒業文集なのだから親も親戚も友達も見る。
「作家だなんて、ムリムリ」 
 と笑われたら、悔しい。
 でも、何か、自分にだって、できる仕事はあるはずだ。奈乃は急いで頭を巡らせた。

 物語の本だけじゃなく、他にも活字はあちこちにある。新聞、雑誌、それから広告のチラシにだって、文字はある。
 もしかしたら、地方に住んでいる自分にも、書けることが、あるかもしれない。
 そう気づいたら頬が熱くなった。

 奈乃はタイトルに、そろそろと書いた。
『私は文章を書く仕事を、したいです。』
 他の子のように具体的でスパッとした職業名ではなかったけれど、奈乃にとってはこれが精一杯の表現だった。
 これなら、みんなも「ぴったりだね」と言ってくれることだろう。
お似合いの仕事が見つかった喜びで、胸が満ちていく。

 奈乃は唇を結び、そのあとの本文を、一気に書き進めていった。
 そして書きながら、考えていた。
(文章を書く仕事って、どうやったら、なれるんだろう……)
「夢はモノカキ」と書きつつも、これからの自分にハードな修行の日々が待ち受けているのだということに、奈乃はまだ、気づいてはいなかった……。

 これは、ひとりの妄想好きな女の子が作家になるまでの、小さな炎の物語である。

☆今回の成長ポイント
奈乃は「夢を宣言」した。

☆今回の作家ポイント
「なるぞ宣言」して、自分を追い立てよう!

 


amazonへのリンクはこちらです
ブログに戻る HPに戻る
Copyright(C) 2008 watashi ga saka ni naruhimade Web by Mica Nautoh. All Rights Reserved.